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              通訳案内士試験合格までの道程    


 
通訳ガイドの資格はかねてあこがれた資格でしたが、昔は、司法試験、公認会計士資格と並ぶ難関資格でとても歯が立たないものと考えていました。しかし、3年少し前(2015年)、購読している新聞に通訳案内士の口述試験で手心加えるようにと観光庁から試験実施機関に指示があったとの記事が掲載されました。観光立国を目指す政府方針に則って通訳ガイドの人数を増やす趣旨とのことで、ネットで調べたら、ひょっとしたら合格できるのではないかと思いました。2020年の東京オリンピックでできたらスペイン語の通訳ボランティアしたいと考えていましたので、当該資格を持っていると採用に有利と思い三年計画で挑戦することにしました。
 試験は4科目(語学、日本史、日本地理、一般常識)あり、科目合格すると次年度は免除ですので、平成28年度は歴史、地理、常識に合格し、29年度に語学(記述)に合格して、口述を受け、落ちたら、30年度に再度、歴史・地理・常識に合格して、語学(口述)に再挑戦し、合格を勝ち取る戦略でした。
 スペイン語に最初に取り組んだのは、昭和55年(1980年)にJICA派遣技術協力専門家(電気通信)として中米のホンデュラス共和国に2年間派遣されたときです。それ以来、再度、昭和59年(1984年)にエクアドルに2年間派遣され、また、メキシコでの第三国研修の講師として3回合計して7ヶ月ほど派遣されました(最後は、1990年)。
 以降は、仕事場が主にアフリカになり、スペイン語圏とは縁遠くなりました。平成13年(2001年)に事情があってNTTドコモの関連会社を早期退職しました。介護保険関係レシピ作成のASP代理店を営みながら、時間的余裕があったので、慶応大学法学部の通信教育を受け、老後対策に独学で司法書士試験勉強しました。幸い、3回目の試験で平成17年(2005年)に合格し、同じ年に、近間の横浜国立大学の大学院社会科学研究科(国際関係法)にも合格しました。平成18年(2006年)に司法書士開業しましたが、仕事がほとんどなかったので大学院の授業に専念できました。修士論文のテーマをどうするか悩みました。精緻な法律論文はとてもできないと考え、我が国になじみの薄いスペイン法を何か紹介することにしました。幸い、司法書士でしたので不動産登記は詳しかったので、スペインの不動産登記制度を紹介することにしました。指導教授に相談すると、修士論文は新規性は要求されないので、紹介でも良いかとのことで取り組むことにしました。資料を集めるためスペインに平成19年(2007年)春に一週間行ってきました(この時にグラナダまで足を延ばしてアフハンブラ宮殿を見学しました)。その折、アポなしでマドリッドの登記所と公証人協会を訪問し、いろいろ教えてもらいました。スペイン語から遠ざかっており、また、法律用語が難しく論文作成には苦労しました。それを契機に、当時、旗揚げされていた日本スペイン法研究会に入会を許されました。大学院修士課程終了後、司法書士を営みながら、暇でしたので、スペイン法を紹介するため民法典を全訳し、また、相続・夫婦関係などを調べて、小生のHPに上げました。以後、3回スペインに行きました。

 そして、前述の新聞報道です。平成27年(2015年)の試験は間に合わないので、とりあえず、語彙を増やすことを考えました。その年の5月にNTTの同期4人で1週間スペイン観光に行きました(バルセロナ、マラガ、マドリッドです。マラガでは4人でゴルフを楽しみました)。私が、旅行手配師兼通訳です。その時に、法律関係書籍と村上春樹の1Q84のスペイン語翻訳本とドンキホーテを購入しました。帰国後、1Q84を読み始めましたが、最初は知らない単語ばかりで苦労しました。しかし、あきらめずに読み進めていくうちにだんだん嵌まってしまいました。読了後は、インターネット経由で現地の本屋から日本の小説でスペイン語訳されている本を購入して、日本語の原本と対照しながら、事務所で読みふけりました。以降、20数冊購入して読み、大分語彙力がつきました。

 平成28年(2016年)の夏、初めて通訳案内士試験を受けました。最低でも、歴史と地理は合格したいと思ってましたので、5月頃から取り組みました。如何せん、年齢のせいか、記憶力低下で憶えるのに苦労しました。歴史と地理は教科書がありますので学習しやすいですが、一般常識は適当な教科書がないので苦労しました。おかげで、観光地、温泉、国立公園、世界遺産など詳しくなりました。試験では、歴史と地理は、合格点は取れたと思いましたが、語学と常識はどうかなと言う感じでした。語学はとにかく白紙にしないで全部回答しました。11月に筆記試験の発表があり、幸いにも4科目全部合格しました。まだ、記憶力は確かだと妙に自信を得ました。12月初めに口述試験があります。記述試験が全部受かると考えてなかったので慌てました。とりあえず、ハロー通訳アカデミーのサイトから日本的事象300選(英語版)を取得して、出そうな事項を一部スペイン語に翻訳しましたが、とても憶えるまではいかず、口述試験で立ち往生して恥かきそうでしたので、口述試験はパスしようかと考えました。しかし、次年度のために一応様子見に行くことにしました。

 口述試験は逐次訳とプレゼンテーションです。前者は、試験官(ネイティブと日本人の2名)が一回読み上げる日本文(100語ほど)を30秒考えて、スペイン語に訳します。メモ取ってもOKですが、取ってると聞き逃しそうだったので、メモは取りませんでした。蕎麦に関する文章で、最初と最後の文は憶えてましたが、中途は欠落してしまいました。とても全部憶えられるものではありませんでした。後者は、カードを3枚渡されて、それに記述してあるテーマについて1枚選び、30秒考えて、2分間プレゼンするのです。テーマは、ご朱印、ラムサール条約、盆栽でした。ご朱印を見たときに、御朱印船のことが頭に浮かびました。恥ずかしながら、寺社のご朱印の知識がありませんでした。そこで、御朱印船と思いこんで、先ず、日本の貿易の歴史から話始めましたが、あっという間に2分たって、朱印状まで行くことができませんでした。そういうことで、予定通りあえなく撃沈でした。

 平成29年度は筆記試験免除でしたので、気を取りなおして再開です。また、スペイン語訳された日本小説を読んでいましたが、ある日、横浜市立中央図書館に結構スペイン語の本があることを見つけました。ひょっとすると購入してもらえるのではないかと思い、窓口に相談するとOKだとのことで、早速、3冊ほど頼みました。3ヶ月ほどかかりましたが、購入してもらえました。これに味をしめて、29年中に7冊(三島由紀夫の豊穣の海2冊と武士道、太閤記、遠藤周作の侍、徒然草、聖女の救済)購入してもらいました(30年度も現在まで5冊購入してもらっています。奥の細道、日の名残り、人間失格、古事記、草枕)。その代わり、当方購入の本で図書館にない14冊寄贈しました。また、会話練習のため、横浜の会話学校リトルヨーロッパで月2回個人レッスンを受けました。
 今年も落ちたら、オリンピックの通訳ボランティアに間に合わないと考えて、(財)スペイン協会のスペイン語検定を受けることにしました。最低3級(観光案内に不自由しないレベル)に合格することを目指しました。同じ日に隣り合う2レベルの試験を受けることができましたので、2級と3級を受けてみました(6月下旬)。3級が午後1時から、2級が3時からです。3級の試験に集中して疲れたせいか、2級はそれほど大きな間違いはないと思いましたが、注意力が散漫になり細かな間違いがあるせいか駄目でした。1ヶ月後に3級の口述試験がありました。試験員はネイティブの若い女性で、問題は“日本に住む外国の友人に夏の暑さを克服するアドバイスをする”ことでした。途切れることなく3分ほど話しましたら、合格しました。これで、ボランティアに応募できると一応安心でした。

 記憶力の減退のせいか、口述試験の準備がなかなかはかどらずあせりました。この様なとき、通訳案内士の粕谷てる子先生が主催しておられるスペイン語口述試験対策塾をネットで知り、応募しました。9月から10回(各回2時間)のコースでした。受講生は、男性4名、女性3名で当方が最年長でした。内容は、まったく実践本意で即興のスペイン語での説明、逐次訳とプレゼンでした。また、毎回渡される資料も過去問等豊富で内容の濃いものでした。とにかく先生はポジティブ思考で、受講生の良い点を見つけてモチベーションを上げてくれました。試験対策などノウハウも豊富で、プレゼン試験のとき時間が余ったら、オリンピックに向けた決意表明などで時間を埋めると良いなどのノウハウを授けてもらいました。また、先生の自宅でのスペイン人を呼んでの模擬試験もありました(終了後の懇談会は先生御夫婦の手作り料理などで楽しいものでした。)。毎回、逐次訳の模擬試験がありましたので、メモをとるこつが分かりました。
 それでも、なかなか既出問題など2分間分の短文(日本的事象など)をなかなか憶え切らなくてあせりました。新問題がでたら、また、駄目かもと思いましたので、自分で今まで出てなかったテーマについて1分30秒程度のプレゼン資料を作って、憶えることにしました(平安神宮、二条城、伏見稲荷神社、靖国神社、軍艦島、など14テーマ)。スペインから取り寄せたスペイン語の日本ガイドブックが大いに役に立ちました。その間、10月末に再度スペイン協会の検定試験(2級)を受けてみました。今度は、気合を入れて受験しましたので筆記試験合格しました。口述試験は、通訳案内士口述試験と同じ日でしたが、後者が午前中、前者が午後でしたので両方共受けることができました。

 さて、試験当日(平成29年12月3日)、満を持して試験会場に行きました。試験は10時からで、2番目でした。試験室に入ると、試験官2名で、一人は年輩のスペイン人で他は大学の先生風の比較的若い方でした(どこかで会ったような感じでした)。先ず逐語訳で、主題は日本の梅雨に関する文書でした。これは、プレゼン短文例題で似たようなものを憶えていましたので、7割程度訳すことができました(所要時間もピッタリでラッキーでした)。
 次がプレゼンで、カードを3枚渡されました。最初に見たカードに“伏見稲荷神社”と書いてありました。それを見たとき、一瞬、余りの幸運に身が震えました。念のため、他の問題も見てみました。“待機児童”と“肉団子”でした。当然、伏見稲荷を選択しました。しかし、予め記憶した文章の8割程度しか思い出せませんでした。時間が余りそうでしたので、時間つぶしに、合格したらオリンピックで通訳として頑張りたいと決意表明してちょうど2分で終了しました(そのとき、若い方が、”そうか”と言う風にうなずきましたので、これは合格だなと思いました)。後は、スペイン人試験官とのやりとりで、可もなく不可もなく終わりました。しかし、自分で準備した予想問題が的中したのは幸運としか言いようがありません。“天は自ら助ける者を助ける(Dios ayuda a quien se ayuda.)”を肌で感じました。合否はともかく、気持ちよくプレゼンできたのでハッピーでした。試験要領では、プレゼンの課題は”外国人旅行者に関心が高い”テーマとありますが、“待機児童”や“肉団子”が関心が高いとはとても考えられません。その点で改善の必要があると思いました。

 午後は気分よく、スペイン語検定2級の口述試験に臨みました。試験員は年輩のスペイン人と中年の日本人女性でした。今回から新傾向の問題で、先ず、スペイン語の日本語への逐語訳がありました。スペイン語の文章を2回読んで、日本語に翻訳するものです。主題は、オリンピック開催地選考時のおもてなし発言でした。内容は理解できましたが、適当に日本語に置き換えるのに苦労しました。訳し終えたら、日本人試験員がなにかホットした感じでした。次はプレゼンで、“おもてなし”について考えていることを話せ、とのことでした。普段、“おもてなし”について考えたこともないので、通訳案内士試験で憶えていた“おもてなし”の語源など話しましたが、なにかピント外れの感じでした。案の定、不合格でした。考えたのは、結局、スペイン語会話能力でなく、日本の知識を問うものであって、いくらスペイン語が話せても、テーマについて知識がなければ合格できない試験だと思いました。普遍性のある(つまり誰でも知っている)テーマにする必要があるのではないかと思いました。そういうことで、通訳案内士試験合格したので、もう受けるのは止めにしました。2級の検定試験不合格発表が先でしたので、悪い予感がありましたが、12月25日にネットで合否発表があり、合格してました。

以上

通訳案内士 古閑次郎