工事中

197811

宇宙開発事業団(NASDA)主催人工衛星利用リモートセンシング技術の海外事情調査(フランス、イタリア、カナダ、米国)(3週間) 

19809月〜19829

中米ホンデュラス協和国JICA(国際協力事業団)派遣技術協力専門家(電気通信) 派遣先:ホンデュラス電気通信公社(HONDUTEL)(2年間)

198211

JICA主催メキシコ第三国研修講師(アナログマイクロ回線設計)(1ケ月)

198411月〜198611

南米エクアドル共和国JICA派遣技術協力専門家(電気通信) 派遣先:エクアドル電気通信公社(IETEL)(2年間)

5

19888月頃

カーボヴェルデ共和国の無償資金協力機材供与受入試験実施(JTEC(海外電気通信放送エンジニアリング協力)派遣)(1カ月)

6

19892

郵政省補助金によるセネガル国の光ファイバー伝送路整備計画現地調査(JTEC派遣)(1ケ月)

7

198910

エジプト国のJICA無償資金協力による研修センター設備供与詳細設計(JTEC派遣)(1ケ月)

8

1990年秋

JICA主催メキシコ第三国研修講師(ディジタルマイクロ回線設計)(3ケ月)

9

1991年2月

カーボヴェルデ共和国の無償資金協力による伝送路整備計画詳細設計(JTEC派遣)(2週間)

10

19917

カーボヴェルデ共和国の無償資金協力による伝送路整備計画業者入札業務(JTEC派遣)(2週間)

11

1991年秋

JICA主催メキシコ第三国研修講師(ディジタル伝送路網計画)(3ケ月)

12

19922

JICA主催エクアドル・グァテマラでの公開技術セミナー講師(2週間)

13

1992年7月

カーボヴェルデ共和国の無償資金協力による伝送路整備計画完了検査(JTEC派遣)(1ケ月)

14

19928月頃

郵政省補助金によるカーボヴェルデ共和国の伝送路整備計画現地調査(JTEC派遣)(2週間

15

199210

スワジランド王国の無償資金協力による地方電話網拡充計画基本設計調査(JICA派遣)(1ケ月)

16

19932

スワジランド王国の無償資金協力による地方電話網拡充計画基本設計調査結果報告(JICA派遣)(1週間)

17

19937

スワジランド王国の無償資金協力による地方電話網拡充計画詳細設計調査(JTEC派遣)(1ケ月)

18

199312

スワジランド王国の無償資金協力による地方電話網拡充計画業者契約の立会い(JTEC派遣)(2週間)

19

19947

郵政省補助金によるレソト王国とマラウィ共和国の電気通信網拡充計画調査(JTEC派遣)(1ケ月)

20

19952

マダガスカル国の無償資金協力による電話網拡充計画完了証明書受領(JTEC派遣)(1週間)

21

19956

郵政省補助金によるスワジランド王国地方電話網拡充計画調査(JTEC派遣)(1ケ月)

22

199510

郵政省補助金によるホンデュラス共和国のラジオ放送網整備計画調査(JTEC派遣)(1ケ月)

23

19962

郵政省補助金によるベトナム国の研修センター拡充計画調査(JTEC派遣)(1ケ月)

24

19967

郵政省補助金によるイエメン国の電気通信網拡充計画調査(JTEC派遣)(1ケ月)

25

19977

インド国の市内電話網拡充計画事前調査(JTEC派遣)(1週間)

26

199710

郵政省補助金によるインド国の市内電話網拡充計画調査(JTEC派遣)(1ケ月)

海外活動の記録

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通訳案内士 古閑 次郎
(元NTT職員)

今般、(財)日本ITU協会の平成27年度国際協力賞を受賞しました。これを機会に小生のNTT職員時代の長期に亘る海外活動をまとめてみました。NTTには29年間在職しましたが、その半分の14.5年間は主にODA(政府開発援助)分野で海外活動を行ってきました。

最初の海外出張は1978年で、科学技術庁研究調整局宇宙開発課に調査員として出向して人工衛星利用のリモートセンシング技術の研究開発の総合調整に従事していたときです。当時、宇宙関連主要メーカや宇宙開発事業団で海外のリモートセンシング技術の研究開発事情調査実施の機運が盛り上がり、経団連の肝いりで調査団を組織することになりました。科技庁からは当方が参加することとなりました。科技庁には予算がないので、航空券は15人集まると1名無料となる特典利用で、ホテル代等滞在費だけ支給でした。

 行き先は、フランス、イタリア、カナダ、米国で3週間世界一周旅行となりました。強行日程で疲れましたが、諸機関の研究開発実情をつぶさに見聞し、その調査成果は以後のリモートセンシング技術の研究開発政策に反映されたものと考えています。楽しみは、各地での各メーカ・事業団主催の会食で、滞在手当てでは味わえそうもない現地の料理が堪能できました(科技庁主催は勿論なしです)。

 2年間の出向期間が明けて、NTTに戻りました。その年(1980年)にJICA(国際協力事業団)の技術協力専門家として中米のホンデュラス共和国に2年間派遣されることになりました。これが、下記の活動表に示しているように長い国際関係業務に従事する端緒となりました。当初は、中南米諸国が主でしたが、中南米諸国の経済発展に伴い、派遣要請が少なくなり、後半はアフリカが主となりました。

 長期派遣専門家時代は、スペイン語の習熟に努めました。これが現在の当方の大きな財産となりました。当時のことで記憶に残っていることは、派遣先への技術協力の傍ら、ホンデュラス国立自治大学で非常勤講師として通算1年間週2回各2時間電気磁気学の講義をスペイン語で行ったことと(大学から講師手当100US$を毎月受領しました)、同国および次に派遣されたエクアドルでの円借款による電気通信プロジェクト実現に協力したことです。それと、両国滞在中の4年間で通算300回ゴルフしたことです(現在さっぱり上達の跡がありませんが)。また、メキシコへ3回第三国研修に講師として派遣され、スペイン語で、マイクロ波回線設計法やディジタル伝送路網設計法の講義を実施しました。

中南米の仕事がなくなったので、後半は、短期の出張でアフリカ・中東が主となりまりました。それも、カーボベルデとかスワジランド王国とか日本にまったくなじみがない国です(カーボヴェルデは元ポルトガル領でスペイン語が十分通じました)。両国には5回づつ行きました。主に(財)海外通信・放送コンサルティング協力(JTEC)から派遣されてODA案件の発掘調査、無償資金協力プロジェクトの基本・詳細設計調査、入札業務、完工試験実施等です。

以下の表に行った国、プロジェクトなど紹介していますが、記憶に残っていることとしては、イエメン砂漠の真ん中で調査団が乗っていたパジェロがエンストしてこれはどうなるだろうかと不安にかられ往生したこと(日本のモーニング・ショーなどで郵政調査団遭難のニュースになるかも知れないと頭をよぎりました)、エジプトでA型肝炎をもらったこと(帰国後発症して2カ月入院しました)、マダガスカルで相手方責任者から無償資金プロジェクトのできばえに不満があって完工証明を出さないと言われて途方に暮れたこと、カーボベルデの無償資金協力プロジェクトで供与したマイクロ無線システムの完工受け入れ試験で設計規格を満足しなくて苦慮したこと、エジプトの無償プロジェクトで実施後の日本の会計検査院の評価調査で、基本設計で予定された成果がまったくでていないとして不当事項候補に指定され、外務省・JICA担当者から理由の説明をギリギリ求められたこと(幸いにも、なぜか、不当事項指定を免れました)、無償資金協力プロジェクトの実施で官製談合すれすれの行為を行ったことなどです。

その他いろいろ苦しいことが思い出されますが、もちろん、楽しいこともありました。スワジランドでは協力商社からゴルフ道具を借りてホテル近くのゴルフ場で暇があればプレーしたこと(10日で7回プレーしたこともありました)、アフリカ・中東の行き帰りにパリ、マドリッド、リスボン、ロンドン、フランクフルトなどをチョイの間観光することができたこと、航空機がすべてビジネスクラス利用であったことで、なにより良かったのは、マイペースで仕事ができたことと、自由な時間が持てたことです(基本的に、“来た、見た、帰った”をモットーに自然体かつフリーハンドで、団員の安全を最優先にして仕事をこなしてきました)
 
 以下の表に、行った国と関連プロジェクトを列挙しました。各プロジェクトにつき詳細説明(如何に上記苦境を脱したかを含め)を自分史風に作成しましたが、いましばらくして追加したいと思います。