作成者 司法書士 古閑 次郎
(神奈川県司法書士会所属)
スペインでの相続と遺言
第1章 相続承継の一般事項
(1) 相続承継を規定する法規
人の死亡は、その財産、権利および義務を死因承継人と呼ばれる他人に移転させる。この根拠は、スペイン憲法第33条に求められる。同条第1項は、“私的所有権および相続権は認められる。”と規定している。そして、その憲法の規定に基づいて、民法典が相続および遺言にかかる事項を規定している。しかしながら、いくらかの自治州(Aragón、Cataluña、Galicia、Islas Baleares、Navarra、País Vasco)はその民法典の内容と異なる独自の規範を有している。これらの自治州では民法典は補完法として適用されている(Cataluñaを除く)。
(2) 相続承継の種類
相続承継はその起源および目的に着目すると次のよう分類される:
①遺言相続。これは、承継人指定が遺言に表示される人の意思によりなされるもので、自由相続とも呼ばれている。
②無遺言相続。これは、遺言がないときに機能し、承継人指定と被相続人の財産の分配が法律によりなされるもので、法定相続とも呼ばれている。
③包括的相続。これは、相続人(heredero:遺言により相続人には血縁がない者もなることができる)と呼ばれる(包括的)承継人が遺産全部、または、複数人の場合では、ある割合的部分を受領するもので、相続人(包括的承継人)は、被相続人の財産、権利および義務を承継する。
④個別的相続。これは、受遺者(legatario)と呼ばれる者がある特定の財物または権利を承継するものである。
(3) 相続の開始
相続は、被相続人が死亡したときに開始する。人は、生前にその財産を無償で他人に引渡すことができるが、この行為は相続ではなく贈与であり、異なる規範が適用される。よって、何人も財産の名義人にその死亡前は遺産を請求することはできない。人の死亡時が重要な意味を持つ場合がある。その代表的例は、互いに相続関係を有する複数人が同じ交通事故で死亡する場合、同時に死亡しないと、財産は短時間生存した者から長時間生存した者に移転する。そして後者からその相続人に移転する。この問題については、民法典第33条が次のように規定している:
第33条:二人またはそれ以上の者の間に互いに相続が発生し、誰が最初に死亡したか疑いがある場合、一方または他方の前死を主張する者はそれを証明しなければならない。証拠がない場合は、同時に死亡したものと推定し、互いに権利の移転を生じさせない。
同様に、死亡地を定めることは時として重要で、これは相続での訴訟管轄を決定し、貧者または鎮魂の寄付等の遺贈先決定に役立つ。
(4) 相続適格者、不適格者
相続する法的資格は幅広いが、共通する要件は人格であり、自然人と法人に分けられる。
(a)自然人については、出生から24時間生存した者は相続資格を有する。胎児および生まれていない者は相続できないが、死亡者の妻が懐胎しているときは、胎児が将来相続できるように、遺産管理の制度が適用される。
出生子の生存の実質的結果については、母が、遺言を残さず、その長子の分娩で死亡して、その子が24時間生存しない場合は、父が死亡した母の財産を相続する。反対に、子が24時間生存後に死亡すると、その子が母を相続して、父が子を相続する。これらの場合、遺留分は別である。
(*注:2011年7月21日法律第20号(身分登録)で民法典第30条は次のように改定され、同年同月23日発効した:
第30条 人格は、子宮から完全に離れて、生きて出生した瞬間に獲得される。
よって、24時間生存要件は必要ない。)
(b)法人については、法律で認可されていない社団または会社を除いて、全ての法人は相続資格を有する。遺言者は既存の法人を相続人に指定することができ、また、財産が分与されるある財団を遺言で設立することもできる。
人格要件を満たしても、他の被相続人を相続できても、ある特定の被相続人を相続できない場合がある。これは相対的相続無能力者と呼ばれ、次の場合である:
①彼等の子供を遺棄した、または、堕落させた父母。
②被相続人またはその家族の生命を侵害したとして有罪の判決を宣告された者。
③重大犯罪を犯したと被相続人を偽りで告訴した者。
④遺言者に、強迫、詐欺または暴力で遺言させ、または、それを変更させた者。
⑤障害者が被相続人の場合、適切な保護をなさなかった相続に権利を持つ者。
⑥その他、遺言相続について特別な禁止措置が、被相続人の末期的病の間の聴罪師、後見人、遺言を公証する公証人に対して規定されている。
侮辱された、または、相続欠格原因行為を蒙った側の宥恕は可能である。相続欠格の場合には、民法典に次の規定がある:
第761条:無能力により相続から除かれた者が遺言者の子または卑属であり、また、(自己の)子または卑属を持っている場合、これらの者は遺留分の権利を取得する。
(5) 相続の承認、放棄
相続人の地位は被相続人の死亡により自動的に付与されるものではなく、相続に呼ばれた者(遺言で相続人に指定された者、遺言がない場合での法定相続人)が承認する必要がある。承認は明示または黙示で良く、単純承認または限定承認することができる。いったん承認すると撤回不能であり、また、ある部分は承認し、他は放棄するということはできない。
(a)承認等の方法
①明示的承認。これは、相続人の地位および財産を取得する意思を表示する公署証書または私文書でなされる。
②黙示的承認。これは、文書なしでなされ、承認意思を必然的に仮定する行為、または、相続人の資格がないと行使できないある一定の行為から推定される。例えば、相続人がその権利を第三者に売却する、または、共同相続人のために放棄する場合、など。
③相続放棄は、相続に呼ばれた者が相続人とはならない、よって、遺産を取得しないと言う表明でなされる。
④単純承認では、相続人は被相続人の全ての財産と債務を承継し、この結果、相続人は被相続人の債権者の債務者となり、被相続人の債務を、遺産のみでなく自己の財産で弁済する責任を負う。
⑤限定承認は、公証人または判事に文書を提出してなされ、相続人は遺産の範囲で相続債務を弁済する責任を負う。
(b) 承認・放棄行為の付属事項
相続承認・放棄に関しては以下の事項が付属して重要である。
①相続人不明の遺産。
これは、相続財産の相続人が知れていいないとき、その相続人が決定するまでその相続財産が置かれる状況で、一時的に相続人が欠けていることである。相続財産は、判事の財産管理・保管命令により、当該相続人(最終的には国となる)が決定するまで管理・保護下におかれる。
②熟慮権。
これは、相続の承認または放棄の前に、相続人がそれを熟慮するために財産調査を請求する権利である。法律は、事情をよくわきまえて承認することを容認しているが、不確定の状態が続くことは望ましくないので、熟慮には比較的短期間しか認めていない。つまり、財産調査完了の翌日から数えて30日である。
③承認・放棄の期間。
相続人は、相続請求権が時効消滅しない間は、相続の承認または放棄の意思表示をすることができる。しかし、この受身の態度には相続債権者を害する危険があるので、利害関係人は承認または放棄するかの訴えを提起することができる。この場合、判事は、意思表示をなすために30日を超えない期間を示し、意思表示しないときは、承認したものとみなされる。この利害関係人の請求権は被相続人の死亡後9日経過するまでは行使することはできない。
④承認の効力発生時。
承認により、相続財産の占有は被相続人の死亡時から中断なく相続人に移転したものと解される。反対に、相続放棄した者は、遺産をいかなる時点においても占有していなかったと解される。
⑤未成年者の承認・放棄。
未成年者の親権者である父母がその未成年者に代わって相続承認することができるが、限定承認と解される。反対に、放棄するには、裁判所の許可が必要となる。未成年被後見人は限定承認を自身でなすことができるが、放棄または単純承認には裁判所の許可が必要となる。
⑥遺産の共有。
これは、複数人が相続に呼ばれたときに、その各人のものとなる遺産が特定されていない状態である(相続人は包括承継人であるので、遺産はその相続分で共有となる)。この共有状態は、各人にその者のものとなる遺産部分が付与されるまで継続する。この共有期間では、全共同相続人は、ある者に管理を任せる合意がない場合、共有遺産の管理者となる。管理に関する合意を得るためには、多数決原理が機能し、売却するためには全員一致が必要となる。
⑦債権者の権利。
ある人が相続人となると、その者の財産と死亡者の財産が混じり合うこととなる。よって、それら両方の債権者はこれらの財産から自己の債権を回収することができる。なぜならば、相続人は被相続人の財産だけでなく、限定承認しないと、債務も引受けることになるからである。
その結果、ある相続人が、自己の債権者を害して、放棄する場合は、債権者はその名で相続承認するための許可を判事に請求することができる。この場合は、債権者はその債権額の範囲で利益を得ることとなる。超過部分は放棄者に付与されないで、民法の相続一般規定に従って、それが属する者に当てられる。
また、相続人が自己の債務弁済に相続財産を振向けると、被相続人の債権者を害することとなるが、これら債権者は遺産の上に自己の債権回収のために一定の優先権を保持している。
(6) 遺産分割
相続人が一人の場合は、相続手続きは簡単で、遺産を構成する被相続人の財産、権利及び義務の移転にはその承認で足りる。反対に、複数の相続人があって、財産の特別な指定がない場合は、遺産をそれらの者の間で分割する必要がある。遺産分割は、遺産を相続人数と同じ部分に分けて、相続人にその排他的所有物となる特定の財物と権利を割り当てることでなされる。遺産分割作業には次のような事項が関連している。
(a)分割請求者は誰か?
一般的に共同相続人は何人も不分割の状態に留まる義務を負っていないので、それらの誰もが分割請求することができる。しかし、被相続人の寡婦が懐胎しているときは、分娩もしくは流産が確認されるまで、または、時の経過で寡婦が懐胎していないことが判るまで、分割は中断される。
(b)分割実施者は誰か?
先ず、遺言者自身が遺言、または、他の公署証書もしくは私文書で、遺留分を尊重して分割することができる。
次に、遺言者が分割のために指定した者がなすことができる。これらの者は受託者または分割清算人と呼ばれる。これらの者の機能は遺言執行人に比べて制限されており、遺産の分配執行に制限されている。しかし、権利・義務は同等である。
三番目に、共同相続人自身が分割することができる。未成年者がある場合は、分割には裁判所の許可が必要となる。共同相続人は、それらの間に意見の一致があると、都合が良いと思われる方式で分割することができる。
四番目に、共同相続人間に争いがある場合は、判事が決定する。
遺言者または共同相続人が指定した仲裁人が分割する仲裁分割も存する。
(c) 遺言執行人
遺言執行人は、遺言者が遺言処分の執行業務に指定した者である。遺言執行人は、通常、分割業務を行っているが、その機能は、分割清算人と異なって、遺産分割を実施することにはない。遺言者が執行人を指定する必要はなく、指定する場合は、一人または複数人を指定できる。指定を受諾または拒否することができる。
執行人の業務は、遺言者が付与した業務となるが、特定しなかった場合は、次の事項となる:
①葬儀費用の支払。
②相続人の事情をわきまえて、金銭遺贈を弁済する。
③遺言で定められた事項の執行を監視して、裁判上また裁判外でその効力を保持する。
④相続人の参加を得て、財産の保全・保管に必要な予防措置を取る。
執行業務が終了すると相続人にその計算を提出しなければならない。執行人業務は原則無償であるが、被相続人は報酬を定めることができ、業務として行う場合は、職務報酬を受領できる。
(d)夫婦の取得財産共同体はどうなる?
被相続人が取得財産共通制(婚姻後に夫婦が得た財産は原則として夫婦の共有になる夫婦財産制度。民法第4編3章参照)で婚姻していて、婚姻が死亡まで継続していた場合、分割に入る前に最初に行われることは、この取得財産共同体の解消と清算である。
取得財産共同体の解消と清算では、共同体を構成する財産、権利および義務が2分され、一方は生存配偶者の排他的所有に帰する。これは、相続ではなく、共同体における自己持分の確定の結果としてなされる。他方が、被相続人の固有財産と共に、相続財産を形成する。
(e)分割の具体的プロセス
民法典にはこのプロセスについての規定はないが、実務において通常かつ法律専門家や裁判所で異論なく適用されている規則・基準が整理されている。分割は次のプロセスで実施される:
①相続人の財産、権利および負担の棚卸調査。
これには被相続人が生前に必然相続人(herederos forzosos)(遺留分のある相続人で、子および卑属、それらがいない場合、父母および尊属、および、配偶者が該当する:民法第807条)に贈与した財産で、各相続人の遺留分計算時に参入されるべきもの(持戻し財産)が含まれる。
②財産評価。
これは、棚卸調査される財産の各々に特定の価額を付けることである。価額評価では、評価価額は課税のために行政当局で検算され得るので、相続税の規定を考慮に入れなければならない。更に、その価額は、事後に譲渡される場合、増加価値を計算する基礎となる(不動産売買のときに増加価値税の支払いを伴う)。
③清算。
これは、棚卸調査価額から債務と負担を差引いて分配可能資産を決定する手続きである。
④各相続人への財物の分与。
これは各相続人に帰属する所有名義の引渡しでなされる。全相続人の割合が同じ場合は、分割清算人は、財物の性質または種類が同じでなくとも、価額が等しくなるように財物を組み合わせる。ある財物が分割できない場合は、ある相続人にそれを、その者が価額の超過部分を他の相続人に支払うことで、分与することができる(いわゆる代償分割)。また、公売に付すように請求することもできる。財物の組合せは、他の指定方法が合意されないと、共同相続人間でくじ引きされる。相続人の持分割合が異なる場合は、分割清算人はその割合に応じて組合せを実現させる。
(f)分割における生前贈与の影響。
遺産の棚卸調査においては被相続人の死亡時の財産と必然相続人に生前贈与した財産を考慮しなければならない。よって、ある相続において他の必然相続人と競合する必然相続人は、被相続人からその生前に嫁資、贈与もしくは他の無償名義で受領した財物もしくは価値を、相続財物分配時にすでに生前受領した分だけ少なく受領するように、(実質的ではなく計算上)相続財産に持戻さなければならない。遺言者が明示的に持戻ししなくても良いと遺言で定めている場合は、持戻ししなくとも良い。但し、贈与が遺留分侵害部分で減殺されるべき場合は除かれる。
また、持ち戻しの対象とならない贈与も存在する。典型的なものは、子の教育費である。教育を受けない子も在りうるが、遺言者が持戻すように定めた場合以外は、原則的に持戻さなくとも良い。また、父母及び尊属が障害のある子または卑属の特別な必要をカバーするためにした費用も持戻しにはかからない。
(g)分割の効果
①適法な分割の結果、各相続人に分与された財物の排他的所有権がその者に付与される。
②各相続人は、他の相続人に分与された財物の瑕疵担保責任と追奪担保責任を負う。この責任は各々の相続財産に比例する。よって、分与財物の隠れた瑕疵による不利益、または、分割以前の事実から派生する第三者の請求による財物の全部もしくは一部の剥奪による不利益は、その財物の受領者のみでなく、相続人全員が受忍しなければならない。
(7) 障害者である子の権利
次の事項が主な権利である:
①障害者である子に適切な保護をなさなかった者はその子を相続できない。
②司法的に無能力者である子または卑属のために、必然相続人を受託者として、厳格遺留分(遺産の1/3)の上に信託遺贈(相続人または受遺者に遺産または遺贈を保全する義務、および、その者が死亡すると、遺言者が指定した者に移転する義務を課してなす相続処分)を設定できる。
③遺言者が別の定めをしていないか、明示的に廃除していない場合は、被相続人と共に居住していた住居の居住権の法定遺贈が、それを必要とする障害を持つ遺留分権利者に、付与される。
④父母及び尊属が障害のあるその子または卑属の特別な必要をカバーするためにした費用は持戻しにはかからない
(8) 住居賃借権の相続
ある住居の賃借人死亡のときにその賃貸借契約を代位できる権利者が建物賃貸借法に列挙されている。ある者の死亡により他の者に移転するこの権利は、相続に似ているが、相続で移転するものではないので、本当の意味での相続権を構成するものではない。
以下に代位権者を優先順に列挙する:
①死亡時の配偶者。
②性別にかかわらず、賃借人と愛情関係で前2年間永続的に同居していた者。
③前2年間賃借人の親権または後見の下で同居していたその卑属。
④前2年間同居していた尊属。
⑤前2年間同居していた兄弟。
⑥前5者と異なる65%以上の障害を有する者で、前2年間同居していた賃借人の3親等以内の傍系親族。
商業施設の賃貸借では、代位権は親族ではなく相続人または社員のために付与される。
(9) 生命保険金および年金の相続
ある者の死亡の結果、生命保険の受益者または公的もしくは私的年金制度の受益者が受領する金額は相続権の性格を有せず、相続法の規定は適用されない。多くの場合、これらの権利は(遺言)相続人および必然相続人に帰属するが、その金額は相続財産とはならない。よって、遺留分や相続欠格などの規定は適用されない。
しかし、課税に関しては、生命保険の受益者が受ける金額には相続・贈与税が、相続人に対すると同様に、課される。
また、死亡を原因とする社会保障制度の年金、つまり、寡婦年金、孤児年金も相続権規範の外にある。これらの年金は死亡者の意思とは関係なく配偶者または子としての地位により給付される。