作成者 司法書士 古閑 次郎
(神奈川県司法書士会所属)
スペインでの相続と遺言
第3章 遺留分
(1) 遺言権能の限界
遺言相続においては被相続人の意思自治の原則が働き、被相続人は遺言により自己の財産の死後処分ができる。しかし、この原則は、遺言者に一定の親族があると、法律が遺産の一部をそれらの者に留保するよう規定している場合、家族保護の原則と言う限界に遭遇する。それら親族は必然相続人(herederos forzosos)と称され、この承継は必然相続(sucesión forzosa)と呼ばれる。
民法807条は、必然相続人を次のように定めている:
①父母と尊属が被相続人の場合、その子および卑属。
②(その子または卑属がいない)子と卑属が被相続人の場合、その父母および尊属。
③本法が規定する方式と算定額で、寡夫または寡婦。
必然相続がなされるには、次の2要件が必要となる:①遺言の存在、②必然相続人の地位を持つ親族の存在。
無遺言相続では遺産の全ては、法律の規定する方式で一定の親族または国庫のものとなる。
(2) 遺留分
民法806条は、“遺留分とは、法律が必然相続人と呼ばれる特定の相続人に留保することで遺言者が自由に処分できない財物の部分である。”と規定している。
この遺留分については、遺言者が必然相続人の内のある者たちに自由に分配することができる部分(割増遺留分)と必然相続人に均等に分配しなければならない部分(厳格遺留分)がある。
遺留分は不可侵で、遺言者はそれを必然相続人から奪い、変更し、または、負担を課することはできず、必然相続人は前もって承認または放棄することはできない。遺留分を保護するために次の2個の法制度が機能している:
①持ち戻し
遺留分権利者または第三者になされた生前贈与は遺留分計算に算入される(民法818条、819条)。このため、贈与は遺産に算入され、遺留分の総額が決定される。遺言者の子または卑属が召集される通常の相続の場合は、遺産は、厳格遺留分に1/3、割増遺留分に1/3、自由処分に1/3に分けられる。
②遺留分減殺請求
生前贈与が必然相続人の遺留分を侵害するとき、被侵害者はそれらの贈与を、超過部分の返還義務を課して、減ずることを請求できる。
(3) 生前贈与
子のため、また、第三者のためになされた生前贈与は、原則的には完全に有効であるが、ある制限に服する。必然相続人が存しない場合は、遺産全部は自由処分できるが、存する場合は、それらの遺留分を尊重しなければならない。
何人も、遺言で与えることができる以上の物を生前に与えることはできない(民法636条)。よって、第三者に贈与できる限度は自由処分の分(1/3)であり、ある子になされる贈与は他の子の遺留分を尊重しなければならない。これらの限度を超える贈与は、贈与者が死亡すると、訴訟により減殺される。
(4) 子と卑属に属する遺留分
子と卑属は、その父母と尊属に関して遺留分権利者であり、遺留分権は、先ず、子に属し、続いて、孫、その後は、ひ孫・・・に属する。しかしながら:
①被相続人死亡の前にある卑属が死亡すると、その引続く卑属が遺留分権利者となる。親等において最も近い卑属で形成される血統が、前死亡者が遺留分として受けるべきであったものを受取り、その血統メンバー間で頭割りに分配される。例えば、ある子Nがその父より先に死亡し、2人の子を残した場合、これらの子はその父Nの地位を共同して占め、結果的に、Nに兄弟がいると、子の各々には各おじに属する遺留分の半分が属する。
②相続欠格者または被廃除者の卑属は、①と同じく遺留分権利者になる。
③遺留分権を有するある卑属が放棄すると、その者の卑属は遺留分権利者の地位を取得しない。
子が存する被相続人の遺産は次のように分配される:
1/3は、子の全員に均等に(厳格遺留分)。
1/3は、子のいずれかに、しかし、全員は同じ額を受取らない(割増遺留分)
1/3は、遺言者が欲する者に、子または子以外の第三者(自由処分の部分)
割増遺留分については、遺言または生前行為(婚姻契約、生前贈与)により、割増する意思を表明する被相続人の明示的行為が要求される。
被相続人がこの権利を行使しない場合は、割増分の1/3は厳格遺留分に加えられ、遺留分権利者間に均等に分配される。
最後に、障害がある遺留分権利者には、遺言者が別段の意思表示していないと、被相続人と同居していた住居の居住権が(それが必要だと)法定遺贈される。譲渡不能なこの居住権の名義人は他の遺留分権者が、必要とする期間、共同居住を続けることを妨げることはできない(民法822条)。
(5) 養子と婚姻外子の相続権利
親子関係には、自然的(血縁)親子関係と養親子(法定)関係がある。スペイン憲法に従って、法律は、婚内または婚外の血縁の子、及び、養子が同じ権利を享受するようにしている。よって、全ての子の相続権は同じで、厳格遺留分が均等に分配されると、互いに割増遺留分または自由処分の部分から利益を得ることができる。
養子はその実親に関して相続権を持たなく、また、実親も養子について相続権を有しないことに留意しなければならい。しかし、次の2の場合では、養子は実親家族と関係を保持する:
①養子が養親の配偶者の子であるとき(例え、配偶者が死亡していても)。
②両親の一方のみしか法的に決定されていないとき(養親、12歳以上の養子および関係が継続する親によって相続権が要請された場合)
(6) 父母と尊属に属する遺留分
被相続人に子または卑属が存しない場合、遺留分権者は父母または尊属となる。遺留分は、先ず、父母に、それが居ないと祖父母に、また、祖父母が居ないと、曽祖父母に属する。両親が生存していると、均等に分配され、父または母のみが生存していると、遺留分は生存者に属する。
父母が居ないと、祖父母に属する。死亡者に父系と母系の祖父母がいる場合は、半分が父系の祖父母またはその生存者に、半分が母系の祖父母またはその生存者に属する。4人の祖父母の一人しか生存していないと、遺留分全てはその者に属する。
遺言者の配偶者が生存していない場合は、尊属の遺留分は遺産の半分となり、生存している場合は、遺産の1/3となる(民法809条)。
(7) 配偶者の遺留分
血縁家族を優遇する伝統の重みにより、尊属の後に配偶者を置く、相続法では有利な扱いを受けているとは言えないが、配偶者も必然相続人の中に数えられる。
配偶者が遺留分に権利を持つには、被相続人の死亡時、法律上または事実上の別居をしていなくて、被相続人と有効な婚姻関係で結ばれていることが必要である。しかし、別居している夫婦間に夫婦が個別に裁判所に告知した和解が存在していると、生存配偶者はその権利を保持する。
配偶者の遺留分は他の遺留分権者の遺留分と異なって次の特徴がある:
①配偶者の遺留分は所有権には及ばず、用益権となる。つまり、遺産の所有権は他の者に属し、配偶者は生存中に財物の使用・収益の権利のみを得る。
②配偶者の遺留分の量は、相続で競合する者または遺留分権者によって可変である。
③配偶者の遺留分は被相続人の子または尊属の遺留分と同時に成立し、かつ、両立する。
遺留分は遺言がある場合に法律が保障する権利であり、配偶者は他の財物を相続名義または遺贈名義で受けることは妨げられず、また、後述するように、遺言がなく、被相続人に卑属も尊属もない場合は、配偶者は被相続人の全財産を相続できる。
常に用益権である、配偶者遺留分の量の決定では、競合する遺留分権者に依存して、次のように場合分けがなされる:
①(共通の子であるか、ないかの如何によらず)被相続人の子または卑属と競合する場合は、遺留分は割増遺留分に当てられる遺産の1/3の用益権である。
②被相続人の父母または尊属と競合する場合は、遺産の1/2の用益権となる。
③尊属と卑属の不存在により他の必然相続人と競合しない場合は、遺留分は遺産の2/3の用益権となる。
配偶者の遺留分が他者の所有物の上に用益権として形成され、その物の上での各種物権の分立が好ましくない場合は、民法は当該用益権を価値がその用益権と同等な他の財物または権利と交換することを容認している。
用益権を交換するには、用益権の負担付き財物の所有権を有する相続人達は、それらの間で相互の合意を得なければならない。合意は用益権者たる配偶者に強制でき、配偶者が交換価値の評価に異議を唱える場合は、裁判官が価値を決定する。
用益権の代償として相続人は用益権者に次のものを指定できる:
・生涯年金
・一定の財物の生産物
・現金
用益権の交換は相続人の権限と考えられるが、配偶者がその交換を要求できる場合もある。これは、配偶者が被相続人単独の子(つまり共通の子ではない)と競合する場合のみである。
(8) 用益権を受ける配偶者の権利・義務
用益権は種々の原因で発生する。一番多いのが相続で、生存配偶者に属する用益権や遺言処分の結果としての用益権である。その配偶者が死亡すると、財物は虚有権者(用益権設定されている財物の所有者を言う)に引き渡される。以下は用益権者の権利である:
①物の果実への権利。例:元金の利息、不動産収入。
②当該物を使用する権利。例:賃料支払なしに用益権で受けた住居に住む。
③賃料を享受して、財物を賃貸する権利。
④用益権を売却する権利。
以下は用益権者の義務である:
①所有者立会いでの受領物の棚卸しの実施。
②義務履行の保証の提供。生存配偶者が新たな婚姻締結しないと、この義務から免除される。
③損害賠償責任を負って、物を保全すること。
④通常修理を行うこと(特別修理は虚有権者に属する)。
(9) 事実婚カップル間の相続権
現代ではいわゆる異性間または同性間の“事実婚カップル”の法的地位は社会的論争の的である。2005年7月1日の法律13号は同性カップルが婚姻締結することを許容したので、婚姻すると事実婚カップルとはならないが、当事者の自由意思によるこの形体のカップルは存続している。現在(2008年)、この相続問題についての国家法は存在しないが、いくつかの自治州では、これら事実婚カップルに相続権を付与してこの問題に取組んでいる。これらの自治州には、Cataluña、Baleares、Aragón、Navarra、País Vasco自治州がある。